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プーチンと同じ地平に立つメドベージェフ

現在、首相を挟んで3期目(2012年~現在)を務めるプーチン大統領は、2期目(2004年~2008年)の終わりに近づいた2008年2月8日『2020年までの発展戦略』を発表、大統領退任後のエネルギー資源依存型経済からイノベーション主導型経済への移行を目指した。

イノベーション主導型経済への移行を妨げるボトルネックは、その広大な国土ゆえのインフラの弱さにあった。特にウラル山脈の西側と東側の人口比重の違い、エネルギー資源の分布比重の違いがそこに拍車を掛けてきた。これが過度のエネルギー資源に依存した経済構造と効率性の悪さ、所得格差と男性の平均寿命低下・人口減少を生じさせていた。

エネルギー資源依存型経済からのブレイクスルーには、シベリア鉄道・バム鉄道の延伸及び複線化などウラル山脈の東西を繋ぐインフラの整備、日本など先進国からの資本・技術導入、イノベーティブな経済成長を果たすための企業家精神とそれを守る法秩序の確立を必要としている。

しかし、伝統的な支那社会と同様に、官吏となって利権を貪ることが富貴への最適な道なのだ。我が国や欧米など先進国と違い、新しい技術やサービスを作り出し、それを提供する企業家となることが富貴への最短ルートではない。

ロシア社会の支配者は、ロマノフ朝の大貴族からソ連邦のノーメンクラトゥーラ(世襲化した共産党官僚)へ、次いで市場経済導入の過程で形成されたオリガルヒ(ロシア経済を寡頭支配した資本家)からシロヴィキ(治安・国防官僚出身者による勢力)へと変遷してきた。

どちらにせよエネルギー資源産業に依存した経済構造が変更された訳ではない。税金を収めず国富を独占して、権威と権力がひとつの階級・階層に集中されるのも、ロシアの歴史に通底する特徴であった。

ソ連邦時代につくられたテトリスやチェブラーシカがカネ儲けの種となると分かった途端、著作権で争った件に垣間見られるように、企業家精神とそれを守る法秩序が欠如している。これは他の資源についても同じである。つまり、企業家が勃興する際に起きる不安定(利害関係の変化)を政治的強権でしか正せないことになる。

企業家精神の育成と法秩序の構築を無視してイノベーティブな経済成長を果たすためには、中国と同じように我が国の資本と技術が必要になる。しかしそれには日露間の講和条約は必須であるが、我が国の反応は鈍い。

特に、我が国の経済界にとっては、ウラル山脈の東側の人口の少なさはボトルネックであり、2006年のサハリン2の開発中止と国営ガスプロムによる権益奪取、2015年の北方漁業権の喪失などが続発して、法秩序未整備によるカントリーリスク以上の利益をもたらしてくれる希望が見出だせない。

3期目に入ったプーチン大統領の現在も、イノベーション主導型経済への転換は進まず、選択肢は“富の国外流出か、闇経済の国内拡大か”くらいしかなかった。せめて国外脱出を図るオリガルヒを締め上げ、シロヴィキの闇経済を容認するくらいしか出来なかった、と言える。

しかし、エネルギー資源依存型経済には明るい兆しもあった。中国をはじめとする新興国の“爆食”によって、モスクワとサンクトペテルブルクの二大都市圏のサービス業依存から、北コーカサスではダゲスタン(石油化学工業)、ウラルではチュメニ(石油工業)、南部ではクラスノダール(機械工業)と、それぞれ各地方の中核都市が発展した。

この恩恵で、リーマン・ショック後に海外出稼ぎ労働者が帰国したものの、これらの労働力を吸収できた。また、政府が2人目以降の出産にはドル換算で1万ドルを支給したことで、人口が一時的に増加した。“爆食”に伴う雇用創出と所得再分配効果が起きていた。よって、構造問題が改めて顕在化したのは、ウクライナ危機による経済制裁以降である。上海株式市場のバブル崩壊で始まったチャイナ・ショックはこれに拍車を掛けるだろう。

2012年にもメドベージェフ首相は、フェイスブックのCEOに国内投資を呼びかけるなど、自らが発案したロシア版シリコンバレー「スコルコヴォ(Skolkovo)」の育成に努めてきた。スコルコヴォ5周年でのオープンイノベーションについての議論で、首相はロシアの構造改革とその条件、法治社会の確立を挙げた。つまり、アプローチは違うにせよ、プーチン大統領と同じ地平に到達しているのだ。しかし、その前途はプーチンの辿った道と同じく暗い。それはロシアの近世から近代の歴史に起因する。

ロシアを正しく理解するメドベージェフ首相の前途多難 2015.10.8(木) JB PRESS

欧州では、各国の資本主義の進展によって異なるが、ブルジョワの勃興が絶対君主を生んだと言える。ブルジョワの台頭初期の国家における絶対君主の役割とは、その権力の集中によって彼らの生命と財産の自由を擁護することだった。

ところがロシアは、新規税収とイノベーションの源にして国力を増大させる原動力たるブルジョワ(のちの産業資本、今で云えば企業家)が存在しない国々のひとつだった。こうした遅れた国々においては、上からの近代化を進める絶対君主=啓蒙専制君主が現れた。

そこに到るには大空位時代ののち1613年に成立した、ロマノフ朝にまで遡る。

アレクセイ帝(厳密にはロシアのツァーリ)のときは地主と農民は契約関係であったが、ピョートル大帝(ここからインペラトール)のときに人頭税導入によって土地に縛られ、啓蒙専制君主として名高いエカテリーナ女帝のときに完全な農奴制となった。

ロシアの農奴制は、英国のエンクロージャーによって逐われた農民が賃金労働者となったのとは真逆である。当時のスウェーデン、トルコ両帝国に対抗する国力を得るためにブルジョワのまったくいない国家においては、こうした逆コースもやむなしであったかもしれない。そして、ブルジョワも産業資本が充分に育たないまま、第1次大戦と二月革命と十月革命を迎える。

今に至るまでロシアを悩ませる決定的な歴史上最大の失敗は資本主義を経ないで共産主義に移行したことだった。

資本主義を経なかったロシアは、イノベーションを担う企業家精神とそれを守る法秩序が欠如している。これらは中韓も同様だ。そして、中共が均一化された労働力、もしくは均一化の選別に耐えうる労働人口さえあれば、資本主義の精神がなくとも、先進国の資本と技術によって近代化されうる実証例となった。

ロシアはただそれに倣いたいだけなのだ。プーチン大統領は自動車産業を、メドベージェフ首相はIT産業を誘致したい違いがあるだけで思惑は変わらない。

その倣いの先に拡がるのは生命と財産の自由がなく、言論と信教の自由がなく、また集会と結社の自由がない、ツァーリと大貴族とコサックと農奴が存在したロシアの歴史の変奏曲となる可能性は高い。

ロシア経済最良の時期に、富の再分配を強権で行うことが出来なかったのは痛い。外的要因でエネルギー資源依存型の経済成長は終わった。給料未払いやインフレによる給料減価によって、シロヴィキの自主防衛手段、賄賂の横行が猖獗を極め始めている。今後、インフラの維持が滞れば、ソ連滅亡の最大要因となった物流の停止が起きるかもしれない。
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