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2015年の『アルジェの戦い』

2015年1月に「シャルリエブド」社が襲撃されたテロよりも、さらに大規模な同時多発テロがパリで起きた。フランスは事実上の戒厳令下に入った。

アルジェリア独立の際に繰り広げられたテロと掃討作戦を想起するとき、地中海を挟んだ対岸のマグレブで行われていた戦いがフランス本土で始まったのだ、と暗澹とした気分にさせられる。

パリ同時多発攻撃、多国籍が絡んだ犯行=検察 2015年 11月 15日 13:24 JST ロイター

パリ同時攻撃で死者120人以上、仏大統領が非常事態宣言  2015年 11月 14日 15:25 JST ロイター

1966年のヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を受賞した名作『アルジェの戦い』は、アルジェリア独立戦争におけるアルジェリア民族解放戦線(FLN)とコロン(ピエ・ノワールとも呼ばれるフランス人入植者)のテロの応酬、そして空挺部隊による掃討戦を描いている。

普段ブルカやベールを被る女性テロリストたちにカスバの検問を突破させるため、ピエ・ノワールのようにメイクやファッションや仕草、言葉遣いで偽装させる手口のリアリティなどは、自身もパルチザンに身を投じた監督ジッロ・ポンテコルヴォの面目躍如というべきだろう。

のちのド・ゴールの第五共和政樹立や五月革命の鎮圧に貢献した大佐(史実ではジャック・マシュー准将)が、全容を把握できないように構築されたテロ組織を自由フランス軍で培ったレジスタンスの経験を下に、ゼネストの一斉検挙と容疑者への拷問によって壊滅させていくのは圧巻だった。

またピエ・ノワールの群衆が目の当たりにしたテロに憤慨して、実行犯でもない現地人の売り子の少年に暴行を加え、警官が救い出す様などはフィクションながら云いようのない不条理を感じさせた。

この不条理な戦いがカスバではなく、首都パリで行われている。第四共和政を滅ぼした植民地の戦いがフランス本土で始まったというべきか。アルジェリア独立戦争でフランス側に協力して、本国を逐われたムスリムの移民が貧困層に落ちて以降、それは運命づけられていたかのように。
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