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『イナゴ身重く横たわる』が現実化した世界で

旭日旗とナチスの鷹の紋章をモチーフに使用した、列車のラッピング広告が非難を浴びて撤去されることになった。ニューヨーク市地下鉄に掲出されたこのパブリシティは、アマゾン・ドット・コムが配信するSFドラマ『高い城の男』の世界をイメージしたものだった。

SFドラマの原作者は、かのフィリップ・K・ディック。以前、彼の手になる『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』をマスメディアの凋落と極左・リベラルの精神的錯乱と絡めて取り上げた(2013年7月19日のエントリー参照)。

今回、渦中に巻き込まれた彼の長篇小説『高い城の男』(初出1962年、邦訳1965年)の筋立ては、以下のとおり。

枢軸国が第2次大戦に勝利したIfの世界。

合衆国の東海岸は第三帝国の支配を受け、西海岸は同様に大日本帝国の支配下にあり、中部は緩衝地帯として辛うじて独立を保っていた。そして、大戦後の米ソのように日独は世界を二分割しながら、深く静かに対立しており、全面核戦争勃発の危機が進行していた。

敗戦国となっていた合衆国では、精神の卑屈が蔓延して、懐古趣味から戦前の製品が大量生産され、まがい物の古美術品が取引され、芸術家は偽物を作り、ユダヤ人は東海岸から西海岸に逃れて名前を偽り、彼らを狩るナチのスパイも身分詐称している。

緩衝地帯のどこかにあるとされる“高い城”、そう呼ばれる建物に棲んでいる男によって、執筆され流布している『イナゴ身重く横たわる』という題名の書物は、連合国が勝利した世界を描き、発禁処分とされており、所持しているだけで命を狙われる代物だった。

精神の卑屈に囚われていたジュリアナ・フリンク(ドラマ版ではジュリアナ・クレイン)は、それを手に入れて一種の解放感に酔いしれる。ふと思い立ち、その謎と真偽を確かめに“高い城”に棲む男に会いに向かうのだった。

小説版とアマゾン・ドット・コム製作のドラマ版では、『イナゴ身重く横たわる』を手にした、その女主人公の名前は違う。また、発禁処分とされているのは書物ではなく、フィルムという違いはある。ただ、動機は異なるにせよ、“高い城”に棲む男に会いに向かう筋立ては変わらないだろう(ドラマはまだ配信中)。

女主人公は、同行者の裏切りに遭いながらも、ついに『イナゴ身重く横たわる』の作者に出逢い、『イナゴ身重く横たわる』に描かれた連合国が勝利した世界こそ、真実の世界であると告げられて、彼女の物語は終わる。

しかし、作品世界を現実の世界とあくまで考えるならば、枢軸国が第2次大戦に勝利した、日独冷戦の世界では、今まさにナチスの後継者争いも絡んで、全面核戦争が始まろうとしている。

その秘密を携えた連絡役を助けるため、暗殺者を逆に殺した日本の外交官はなすすべがない。彼は深く絶望したまま、精神の均衡を失い、連合国が勝利したもう一つの世界を垣間見るが、それは現か幻か判然としない、しかして彼の物語は終わる。

つまり、彼女と彼らが生の躍動を見せる物語とは、悪の神デミウルゴスの作り出したという宇宙にほかならないというグノーシス派の世界のようなものだ。すると、グノーシス派の信徒であるかによって見方はまったく変わる。

ある者にとってはこのディストピアの世界がディストピアではないと、そう思い込まされる。もしかしたらそれは欺瞞かも知れないが、ユートピアを信じたい者は信じるがいい。

ある者にとっては理想的ではないにせよ、曲がりなりにも破滅していない世界が、今まさに本当のディストピアに変わるかもしれない戦慄のなかで、世界がもしかしたらメタフィクションかもしれないと、幻覚だけ見させられるが、到底救われない。

物語のプロットは破綻していないが、物語世界の危機はなにひとつ解決しない終局。現実世界の解決しないストーリーの代償にカタルシスを求める読者にとって、『高い城の男』は暗澹とした読後感しかもたらさない。

閑話休題。

あえて露悪趣味や皮肉を込めたりした、暗喩的なグラフィックやパブリシティを許容できなくなった精神の卑屈が蔓延した、フィクションすら笑い飛ばせない世界。

世の東西を問わず、虚構で成り立っている方を信じたいモノ(者と物)たちに溢れ、メタフィクションを優先しかねない世界の有り様こそ、ことの醜悪さと深刻さを示している。

旭日旗とナチスの鷹の紋章をモチーフに使用したパブリシティを撤去したことで、ニューヨーク市地下鉄と、ニューヨーク市民の生きる現実世界は、問題は容易に解決しないという重さから遠ざかって、安易という世界へ走り去っていく。

旭日旗とナチスのデザインで物議、アマゾンがNY地下鉄の広告撤去 2015年11月25日 11:25 AFP BB NEWS

【11月25日 AFP】米インターネット小売り大手アマゾン・ドットコム(Amazon.com)がニューヨーク(New York)の地下鉄に掲示した、ナチス・ドイツ(Nazi)の鷹の紋章と日本の帝国主義の象徴とされる旭日旗のデザインを使用したドラマ広告が、非難が殺到したために撤去に追い込まれた。

 米国旗に日独の両シンボルを融合させたこの広告は、同社制作のドラマ「The Man in the High Castle(高い城の男)」のプロモーションとして、ニューヨーク州都市交通局(MTA)から許可を得た上で、タイムズ・スクエア(Times Square)を走る地下鉄の座席を塗り替える形で掲示された。

 先月放映が始まった同ドラマは、フィリップ・K・ディック(Philip K. Dick)の同名小説が原作。第2次世界大戦(World War II)に敗れ、東部をナチスに、西部を日本に占領された1960年代の米国を舞台にした架空のシナリオが展開される。

 広告については、第2次世界大戦とホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の生存者の感情を害するものだとして、ニューヨーク市のビル・デブラシオ(Bill de Blasio)市長などが広告の撤去を呼び掛けていた。当局者がAFPに語ったところよると、広告は当初、来月まで掲示される予定だったが、現在、撤去作業が進められているという。(c)AFP

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