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プーチン大統領、ヘゲモンの凱旋

2015年9月以降、ロシアがシリア内戦への軍事介入を始めたことが契機となって、急激なパラダイム・シフトがアラブ・中東地域に起こった。中東の覇権を握る覇者(ヘゲモン)が、合衆国からロシア連邦に替わった。

2月26日の停戦合意を経て事実上のGeneva3である和平協議が再開したことを受けて、ロシアは空爆における所与の目的を達したと考えて、防空・制空戦力を除く大部分の部隊撤退を敢行した。停戦及び和平協議の枠組みに参加していないISIS(イスラム国)とヌスラ戦線に米英の空爆は続いている。

ロシアは和平協議を軌道に乗せつつ、アサド政権を存続させて、シリア国内への一定の影響力を保持した。また、撤退によって発言権を増す。

ウクライナ危機によって制裁を行っている欧米諸国との関係改善の芽を残し、スンニ派のトルコとサウジアラビアの介入を牽制しつつ、アサド政権に対する圧力と影響力を保持しての撤退は時宜を得たものと云えるだろう。

米英はイラクからシリアに跨るISISの脅威を除去できていないし、トルコはクルド人のテロに悩まされ続け、サウジアラビアはふたつの内戦介入で泥沼に嵌り込んでいる。

和平協議では、新たな統治機構の設置や2017年9月までの大統領選を議論している。ロシアはアサド政権そのものが存続しなくても、後継政権にバース党系の誰かが担うことは容認する、と思われる。

Russia 'to pull its forces out of Syria' 10:11PM GMT 14 Mar 2016 The Telegraph

シリア介入、絶好の引き際 和平協議「主導権」狙い 戦費が重荷、内戦深入り回避も 2016年3月16日 毎日新聞

【シリア内戦の経過】
2011年03月
“アラブの春”が波及して南部ダルアーから反アサド政権デモ始まる
2011年04月
非常事態法撤廃の大統領令とともに無許可デモ禁止の大統領令、反政府デモ応ぜず鎮圧開始
2011年11月
アラブ連盟とトルコはシリア制裁開始、軍から離反した民兵との戦闘頻発

2012年02月
シリアに対する安保理決議は露中の拒否権で否決、反体制派の国民評議会が成立して内戦突入
2012年06月
反政府勢力はアナン前国連事務総長がまとめた最初の和平合意破棄、シリア難民は約18万人突破
2012年08月
アルジェリアのブラヒミ元外相が和平特使に就任
2012年10月
トルコがシリアに越境砲撃
2012年11月
暫定政権「シリア国民連合」をアラブ連盟とフランスほかが承認
2012年12月
中部ホムスで化学兵器使用の疑惑

2013年02月
シリア内戦の死者7万人突破
2013年05月
ヒズボラはアサド政権側に立って内戦介入、イスラエルはダマスカス近郊空爆、ブラヒミ特使辞任表明するも後任なく続投、シリア難民は約135万人突破
2013年06月
仏米はアサド政権側のサリンガス使用認定
2013年08月
ダマスカス近郊で化学兵器使用確認、内戦介入を討議するが英国議会は否決、米国も同調
2013年09月
アサド政権は化学兵器禁止条約への加盟を宣言、化学兵器廃棄で米露合意

2014年02月
シリア内戦の死者14万人突破
2014年04月
シリア国内3ヶ所で塩素ガス使用の疑惑
2014年09月
米国主導の有志連合はISIS(イスラム国)への空爆開始

2015年09月
ロシアはアサド政権を支援するため空爆開始
2015年12月
国連安保理はシリア和平の決議案採択

2016年02月
アサド政権とISISとヌスラ戦線除く反体制派の間で停戦合意
2016年03月
アサド政権と反体制派の和平協議再開、ロシアは主要部隊の撤退開始
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